「* 天と地をつなぐ 天の川 *」

吉野山の埋める桜は下千本、中千本、上千本、奥千本とおよそ200種3万本。
金峯山蔵王堂を中心に吉野山が日本一の桜の名所となったのは、奈良時代の昔、役行者が金峯山を開くとき感得した蔵王権現を桜の木に刻んだことから神木として保護され、最高峰弥山の鎮守として祀られたのが天河大弁財天(天河神社)のはじまりで、吉野山を修行の道として、吉野大峯地域を含む「紀伊山地の霊場と参詣道」がユネスコの世界遺産に登録されています。
高野、吉野、熊野という日本の三大霊場を結んだ三角形の中心に位置する天河神社は、弁財天を奥宮とし、弥山から流れる天の川の湾流する円形地の中心に鎮座し、山と水(川)への信仰からの神社と伺えます。
天河神社は役行者や空海、天武天皇の太古より聖域とされ、日本のパワースポット神社として、崇められでいます。
高野山を開く前の空海や高野山の開山に先立って大峯山で修行した弘法大師も、最大の行場が天河社であったと言われています。
境内には、龍神大神(弁財天の化身なる龍神の神)、大日霊貴神(天照大神の別名)が祀られ、天河大弁財天が本邦弁才天の覚母であるとのことですが、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)を主祭神とし、芸能の神として知られ(元の祭神名は弁財天:サラスヴァティー)、厳島(安芸の宮島)、竹生島(琵琶湖)と並ぶ日本三大弁財天の1つ(他に江の島の江島)であります。
又、天川村は霊峰大峯山の登山口で古来から水の美しさで知られ名水百選にも選ばれました。
山中に流れる清らかな川の流れは、「天と地」の境であり、天にも届く川ということで、「天の川」なのか、天上の「天の川(あまのかわ)」を地上に映して「天の川(てんのかわ)」なのか、どちらにしても川は山から海へつながる命の恵みであります。
「吉野山口神社」とも呼ばれる勝手神社は、能の唄にも歌われ戦勝祈願の神として信仰されています。
その勝手神社の背後の山を袖振山といいますが、この名前は壬甲の乱で吉野に逃げ籠もった大海人皇子(後の天武天皇)が勝手神社に戦勝を祈り琴で奏でていると、背後の山から5色の雲が湧き、天女が現れて衣の袖を振って舞を舞い、吉兆を示したという伝説があり、ここから芸術の神ともされ、吉野猿楽による奉納もよく行われたようです。
五十鈴(いすず)は、天照神社(奈良県)に古来より伝わる独自の神器であり、天照大御神が岩屋戸に篭もられたとき、天宇受売命が使用した神代鈴と同様のものと言われています。
(これは、高野、吉野、熊野の日本三大霊場を結んだ三角形の中心の天河神社を表しているようです。)
私たちは人生の修行を桜の花ほどはしていないかも知れませんが、これ迄いくつかの場所を巡り、その中心、答えを定める時が来たかも知れません。
聖水で清められ川の流れのように、ありのままで在り続けていきたい場所を見つけることが出来るかも知れません。
あなたの聖地を見付けるために、ありのままの本当の自分に出会うために、この吉野へ訪れる人は多かったのでしょう。
天女の美しい舞いは、あなたの才能が生かされていくことを吉兆へと導く祝福のようです。

B30 地上に天国をもたらす ブルー / レッド